【Q】区長選をふりかえって、ご感想を
【A】立候補を決めたのは3月下旬で、活動ができたのは告示後の実質1週間だけでした。それでも、思ってもみなかった方たちから、たくさんの支持をいただけたことは驚きでした。特に、年配の方からのご声援をいただけたのは嬉しかったです。
【Q】政策、メッセージの区民に届いたところ、届かなかったところは
【A】子どもを大切にしたい。子どもの数が増えている。良い環境をつくりたい。一方で、住民と行政との役割転換、しくみづくりは伝わらなかったのではないかと思う。
【Q】心に残ったエピソードを
【A】後半お天気がよく、街に人があふれ活気を感じました。「あなたが中川さんね」とたくさんの方に声をかけていただけたことは嬉しかったです。季節柄花盛りで、信号待ちのあいだに、咲き乱れる花々に目をやりほっとしました。文京区は緑と花にあふれていると改めて思いました。
【Q】これからの区政に望むことと、ご自身の今後は
【A】プロセスを大切にして、協働協治をやりたいという成沢さんが区長になられて期待しています。若さを生かし、区民との対話をきちんとしていただきたいと思います。◆追加質問
【Q】どんなメッセージが届いたか、または届かなかったか
【A】子どもは社会の中の子どもなのだと改めて認識しました。子どもの一番近くにいるのは親だからと思って、これまでは「自分が必死に責任をとらなければ」と肩に力が入っていました。でも、近いけれど少し距離を置いて親子を見守り、サポートする人、つまり地域の人がいることで、少しでも気持ちが楽になっていくのだなと感じています。選挙戦を通じて、私のような子育て世代の女性、が何か新しいことを始めようとしていることに対して、応援し、見守ろうという気持ちを素直に表して下さる地域のかたがたの温かさを感じとれて、貴重な体験になりました。
【Q】立候補にいたった決意を、
【A】改めて区政に関心を持つようになったきっかけは、保育園の民営化問題でした。その経緯を見てきて、保育問題をはじめとしてそのほかさまざまな課題があちこちで噴出する中で、個別の問題をひとつずつつぶしても根本的な解決にはならないことに気付いたのです。街づくりのワークショップ(OBB)に参加したことが目覚めの始まりでした。それまでは、完璧な親であらねばというプレッシャーを自分にかけていました。でも、子どもが保育園を卒園するころに、ふっと肩の力が抜けていくのを感じました。ワークショップに参加して、いろいろな方たちの意見や体験を聞いているうちに、意識が変わってきたのです。そこでは、さまざまな問題を取り上げられましたが、共通していたのは、街を育てながら、住民も育っていくことの喜びを皆さんが感じていらっしゃることでした。みんな最初から完璧な親だったわけではないんですね。親も成長途上の人間だし、子どもが1歳なら、自分も親として1年生。子どもを育てながら自分も育てばよいのだということに、去年暮れから今年の初めにかけて気付いてきたんです。行政に問題があるとしたら、ただ行政サービスを受けることを待っているだけではなくて、自分のほうから働きかけするのも一つの方法だと思ったのです。一人の母親が動くことで、自分自身が住民として成長していけば、区政は変わっていけるんじゃないかと思ったのです。
【Q】それでも、実際の出馬は大きな決断。何か背中を押されるような体験があった?
【A】3段階の出来事がありました。民営化問題検討委員会に参加しているとき、保育室に預けていた娘がやけどしてしまったのです。私にはこの事件は、子どもからの、あるいは天からのメッセージだ、と思えたのです。。つまり、「お母さん、かっこつけじゃなく、本気でやってよ」というメッセージです。それまでは、保育園民営化問題をめぐる区とのやりとりでは、主に夫が活動し、私は影で支える立場だと思っていました。でも、本気で子どもと正面から向きあうには、自分が本当に動かなければという意識に変わっていったのです。【Q】ふたを開けてみると1万票という区民から託された思いを受けました。
2つ目は、今年の1月頃、ニュースで、母親がスノーボードをしに出かけている間に自宅から出火し、独りで家にいた2歳の男の子が死んでしまったという事件を耳にしました。そのときの私と夫との反応の違いに驚きました。私は、子どももかわいそうだけどその母親もかわいそうだと思ったのです。詳しい事情はわかりませんが、24時間子育てに孤軍奮闘し、ときには疲れを癒したい、息抜きしたいと思った最中の不幸だったのではないか。そうでなければ、食べ物を置いておけば、一晩くらい子どもを置いていっても大丈夫と思ってしまうくらい初心者の母親だったのかもしれない。
でも、夫の反応はまったく逆でした。夫は、これは確信犯で、子どもなんかどうでもいいと思っていたからこんなことができたんだ。虐待の一種だというのです。夫と一緒に長くいて、ともに働き価値観を共有していると思っていても、母親と父親ではこれだけ受け止め方が違うことに愕然としました。子育てに関しては、やはり、男の人にはわからない領域がたくさんあるんだと強く感じました。子どもを中心に置いた議論には、女性が主体的にかかわらなければと思ったのです。
でも、最後に背中を押したのは夫でした。はじめは夫が区長選に出馬するつもりだったのですが、子どもをめぐる議論が区政の大きな課題になっている今、「チャレンジするのは母親である君の方がふさわしい」と夫がバトンを差し出し、私も「そう思う」とバトンを受取りました。
【A】5桁の票をいただけて、わきの下をぐっと持ち上げてもらった思いがします。一番届けたかったメッセージは、子育てに必死になって煮詰まってしまっているお母さんたち、特に区外から来て周りに知り合いもなく、育児に孤独奮闘しているお母さんたちに、そんなに肩に力を入れなくても大丈夫だよ、もしあなたが辛くても、それはあなたのせいじゃなく、世の中のしくみが現実にあっていないからなんだよ、ということなんです。でもそれは本当に伝えたい層には伝わりきれなかったと思います。
その要因には、公職選挙法の制限があると感じました。あまりにできないことが多いし、従来の選挙の方法に疑問を感じました。たとえば選挙カーは、名前だけを連呼して街が騒がしくなるだけの存在に見えてしまうでしょう。小さな子どものいるご家庭からすると、せっかく子どもが昼寝しそうなのに、静かにしてほしいと思われるんじゃないでしょうか。そういった手法ではなく、有権者のみなさんともっとダイレクトなやりとりができるようになったらよいと感じました。
今後は一住民として、お母さんたちが、子育てでそんなに煮詰まる必要はないということを共有できる場をつくりたいと思います。行政の枠組みの中ではなく、一区民としてできることから始めるつもりです。同じような活動をすでに始めている組織などがあれば、そういった人たちとも手を携えてやっていけたらよいと思っています。


